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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)877号 判決 1963年11月15日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野村幸由の上告理由第一点について。

論旨は、原判決は公衆浴場法二条の法旨を誤解し、公衆浴場設置場所の配置の基準に関する東京都条例二条但書の効力について判断を誤つた違法があるというが、原判決の公衆浴場法の右条規ならびに右条例二条但書の効力について示した判断は首肯できる。右条例二条但書が公衆浴場法二条三項の委任する範囲、すなわち、公衆浴場設置場所の配置の基準を定めることの範囲を逸脱する事項を規定しているから無効であるとの所論は、独自の見解に過ぎない。従つて、所論はすべて採用できない。

同第二点について。

論旨は、原判決には右条例二条但書の解釈適用の誤り、理由不備、審理不尽の違法があるというが、原判決が右但書による本件許可を適法とした判断は、すべて首肯でき、その理由説示に不備ないし審理不尽のかどはない。所論は、独自の見解に基づくか、ないしは原審の認定にそわない事実を前提として、原判決の正当な判断を論難するに過ぎず、すべて採用できない。

同第三点について。

論旨は、所論内規の趣旨解釈ないし適用について独自の見解を述べ、これと異る原審の正当な判断を非難するものであつて、原判決には所論理由不備は存しないから、所論はすべて採用できない。

同第四点について。

論旨一の指摘する原判示事実は、原判文上明らかなように、三条委員会が本件許可相当の答申をするについて考慮した事情の一として当時吹上湯の設置を要望する陳情のあつたことを認定するにあたり、その陳情の理由として右指摘の如き事実が掲げられていたことを認定判示しているものであつて、かかる事実は、いわゆる間接事実に過ぎないものであるから、所論条例二条但書によつて本件許可がなされたことの適否が争われている事案において右事実関係の認定判示がなされたからといつて、当事者の主張しない事実に基づく裁判をなしたとの非難をする余地は全くなく、所論は採るに足らない。

論旨二は、唯一の証拠申出排斥の違法が原審にあるというが、所論上告人本人尋問の申出が唯一の証拠申出にあたらないこと記録上明らかであるから、所論は採用の限りでない。

論旨三が挙示する、いわゆる再抗弁の趣旨は、ひつきよう本件吹上湯に対する営業許可が公衆浴場法ないし所論条例の基準制限を逸脱してなされたことを主張するものと解せられるところ、この点について、上告人の主張の容れられない所以を原判決は十分に判示しているのであるから、所論は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一の意見あるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の意見は、次のとおりである。

わたくしは、多数意見と同様、本件を棄却すべきものと考えるが、その理由を異にするので、この点に関する意見を述べる。

元来、公衆浴場法による公衆浴場営業の制限は、専ら公衆衛生上の見地からなされるものであつて、既設公衆浴場営業者の保護を目的とするものではない。公衆浴場営業が許可を要するとされることから、競業者の出現が事実上或る程度の抑制を受け、その結果既設業者が営業上の利益を受けることがあつても、それは、いわゆる反射的利益に過ぎないものであつて、決して、許可を受けた既設業者に一種の独占的利益を与えようとするものではない(昭和三三年第(オ)七一〇号昭和三七年一月一九日第二小法廷判決における反対意見(民集一六巻一号六二頁)参照)。

従つて、第三者が新たに公衆浴場営業の許可を受けて既設浴場の附近において営業を開始しても、その営業許可自体による法益の侵害は、既設業者について考えられず、従つて既設業者から許可の違法を理由として損害の賠償を請求し得る限りではない。本件についても、営業許可の違法性の有無にかかわらず、その違法に基づく損害賠償を求める請求は、主張自体において失当といわねばならない。それ故、これと同趣旨の理由を以て本訴請求を棄却した第一審判決の判断が正当であつて、これを支持しなかつた原判決の判断過程に誤りがあるが、原審も結論として本訴請求を棄却すべきものとしていて、結局右の誤りは、判決に影響を及ぼすものでないから、本件上告を棄却するについてさまたげとならない。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

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